特許事件においては、平成16年改正前には、無効理由が明らかな特許に基づく権利行使は権利の濫用であるとするキルビー最高裁判決に基づいて、権利濫用の抗弁を主張することが多く、商標でも同様の主張がなされていました。改正後には、かかる抗弁(キルビー抗弁)は無効の抗弁として特許法104条の3に規定され、商標法でもこれを準用しましたので、無効理由に基づく権利濫用の主張は基本的にしなくなりました。例外的に無効理由について除斥期間が経過しているような場合には、このキルビー最高裁判例に基づいて主張するケースが存在する程度です(これが認められるかについては説があります)。

無効の抗弁

無効の抗弁とは、無効理由がある商標に基づいて権利行使をすることができないとするものであり、以下のとおり規定されています。無効理由としては、商標法3条、4条1項10号、11号、15号、19号等が主に主張されます。

特許法104条の3第1項(特許権者等の権利行使の制限)

特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。

 

商標法39条(特許法の準用)

特許法第103条(過失の推定)、第104条の2(具体的態様の明示義務)、104条の3第1項及び第2項(特許権者等の権利行使の制限)、第105条から第105条の6まで(書類の提出等、損害計算のための鑑定、相当な損害額の認定、秘密保持命令、秘密保持命令の取消し及び訴訟記録の閲覧等の請求の通知等)並びに第106条(信用回復の措置)の規定は、商標権又は専用使用権の侵害に準用する。 

権利濫用の抗弁

他方、商標権侵害事件の特徴としては、上記のような無効理由を根拠とする権利濫用の主張ではなく、従前から、いわゆる民法1条の権利の濫用の主張がなされており、現在においてもなされています。権利の取得の経緯が不当な場合(明らかな他人の権利を横取り出願しているようなケース等)や行使自体が不当な場合(元々仲間であったものが喧嘩別れして、一方が他方に権利行使するようなケース等)等が挙げられます。

民法1条第3項(基本原則)

権利の濫用は、これを許さない。

権利の濫用は個別の事案によって違いますが、原被告双方の事情が考慮され、原告が被告に対して権利行使することを認めるべきかという裁判所の価値判断で決まることとなります。商標権侵害訴訟を受任して、かかる主張をすることは結構あります。権利濫用の抗弁は、商標の類否のように評価がメインとなるものではなく(類否も取引実情等事実の主張立証は必要)、権利濫用という評価につながる評価根拠事実をどれだけ主張立証できるかという点が重要となります。ただ、権利の濫用の抗弁は、あくまで最後の手段であり、商標法上の規定に基づいて、構成要件非該当、無効の抗弁、先使用の抗弁、商標的使用等を主張するのが原則です。